
上質な服とはなんだろうか。筆者は「時間を味方につけられるかどうか」が上質と粗悪を隔てるポイントだと考えている。数回しか着られずタンスの肥やしになる服よりも、長年飽きずに経年変化を楽しみながら着続けられる服の方が買ってよかったと思えるはず。ただ「時間を味方につけられるかどうか」は実際に着て、数年経ってからこそ分かる側面が大きく、店頭で一発で見抜くのは難しい。粗悪な服を避けるには、ある程度の“目利き力”が必要だ。今回は、「上質な服を遠ざける5のNGな買い方」をテーマに、大人の男性が上質な服を選べるようになるために必要な知識を整理しながら、紹介していく。
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上質な服を遠ざける買い方1価格だけで決める
高価=高品質ではない。広告費や流通構造が価格に乗ることがある。素材・縫製・着心地など、総合評価で自身の気持ちが最も高揚する服を選ぶのが重要だ。素材の目利き力を高めたいのであれば、ラグジュアリーブランドをはじめ、素材スペックの詳細を載せている「MARKAWARE」や「Cornier」、「GENTLEMAN PROJECTS」などの商品をチェックして上質な素材に触れるのがおすすめ。自社で製造・販売するすべての商品の原価を公表する「Everlane」をチェックして、大体の洋服に掛かる原価を把握するのも良いだろう。
上質な服を遠ざける買い方2ブランドネームを盲信する
同一ブランド内でも品質差がある。製造国・工場・型番まで確認し、実物で質を判断する意識を持って欲しい。また有名ブランドの中には、ライセンス商品という「ブランドが直接作っていないけれど、そのブランド名を使うことを許された商品」が販売されていることも。ここで伝えたいのはライセンス商品が粗悪品という訳ではなく、展開ラインによる役割の違い理解した上で服を選んで欲しいということ。
ライセンス商品は決して粗悪なものではない。むしろサングラスや香水のように、専門メーカーが得意分野を活かして製造するケースも多い。ただ、ライセンス商品はブランドの世界観を広げ、消費者が日常的に触れられる“入り口”の役割を担っている場合がほとんどだ。
ブランドの歴史やクラフツマンシップの核は、大元が展開する製品に宿っている。ゆえに、ライセンス商品を本丸と同列に誇示するのは少し違う。大人の流儀とは、その差異を理解したうえで軽やかに使いこなすことにある。ブランドの魂に敬意を払いながら、ライセンス商品は「世界観を日常に添える副菜」として愉しむのがスマートな姿勢であると筆者は考えている。
上質な服を遠ざける買い方3トレンドとSNS映えで即決
映え重視の意匠は短命で来シーズンには廃れる。「SNSで話題だから」「流行しているデザインだから」という理由だけで即決せず、5年後の自分が着る姿を想像し、自身のスタイルの一貫性を優先して欲しい。一方で、不易流行の精神を持つことも大事。流行を完全に拒絶する必要はなく、自分のワードローブに自然と溶け込むかどうかを基準に理想の服を選んで欲しい。そうすることで、単なる「流行の消費者」に留まらず、時代を超えて洗練されたスタイルを築ける。
上質な服を遠ざける買い方4試着を省いてサイズ妥協
サイズが合っていない服を選ぶことによる代償は大きい。素材や縫製が良くても、肩や袖丈が合っていなければ「借り物感」が出てしまう。トム・ブラウンが提案する適正サイズよりも丈が短いスーツスタイルのような”あえて感”の演出を狙っているなら話は別だが、大人の男性なら基本的にブカブカ・ピタピタに見えるサイズ感の服は避けるのが鉄則だ。「Mだから自分に合うだろう」という感覚的選択をやめ、実店舗なら必ず試着する、通販ならブランドごとのサイズ別の寸法を必ず確認する習慣を持とう。
上質な服を遠ざける買い方5タグ表示を鵜呑みにする
上質な服のイメージが強い「カシミヤ」「イタリア製」といったワードがタグに表示されていても、その文字だけで上質な服と判断するのは危険。例えば、カシミヤには原料の段階でランクの差があり、どう紡績(糸にする工程)し、どう織り上げて生地にしたかでも触り心地や風合いは変化する。イタリア製でも、外観のみを重視して裏の始末が雑になっている服はザラにある。己の触覚と視覚を用いて最終確認するのが重要だ。
長期使用を視野に入れるのであれば、洗濯に耐えうる堅牢性の高さを備えているかもチェックしたいポイント。信頼のあるブランドでは、洗濯による生地の縮みを最小限におさえるために、縫製前にスポンジング加工という蒸気と熱を用いて生地が内包する歪み、伸び、縮みを解消する工程を取り入れている場合が多い。このような工夫はタグに表記されていない場合が多く、生産者やスタッフの口から直接聞いたり、自身で情報を調べて取りに行く必要がある。あくまでもタグに表示されている情報は判断材料のひとつとして捉え、多面的な視点からチェックした上で上質な服を選んで欲しい。
自分だけでなく社会にとっても「良い買い物」がスタイルを形成する時代が到来する!?
2015年公開のドキュメンタリー『ザ・トゥルー・コスト ~ファストファッション 真の代償~』が話題を集めてから、ファッション業界ではエシカルやフェアトレードへの関心が一段と高まっている。単にブランドネームや産地表示に安心するのではなく、素材調達の透明性や職人の技術に正当な対価が支払われているかまで含めて見極めることが、現代におけるスタイル形成の一部となりつつあると筆者は感じる。
ラグジュアリーを標榜するアイテムであっても「誰が、どこで、どのように作ったか」まで問う視点をなるべく持つよう心掛けたい。少し調べるだけでも生産背景に関する情報を取得できる時代。ZEGNAは2024年からカシミヤやリネンを完全トレーサブル化し、PRADAは廃棄物由来の再生ナイロンや100%リサイクルゴールドを採用したジュエリーを発表。一方で、2025年7月にLoro Pianaは下請け業者による移民労働者搾取を看過したとして、ミラノ裁判所の判断により1年間の司法監督下に置かれることになったことが報道された。同様の介入は近年相次いでおり、Valentino、Diorなども労働環境を理由に司法の監視を受けている。
知らないで買うのと、背景を理解したうえで選ぶのとでは消費行動の意味は大きく異なる。真の上質な服を選ぶ行為は、自らの審美眼を映す鏡であると同時に、社会や環境への態度表明でもあると言えるだろう。